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Agrio[0407号2022年6月21日掲載]

2022.07.05

シイタケ廃菌床をカブトムシの餌に  =農業系スタートアップのピルツ=  

菌床シイタケ産地の秋田県横手市で2019年に設立された農業系スタートアップのPilz株式会社 (ピルツ、畠山琢磨社長=33)は、シイタケを栽培・収穫した後に残る「廃菌床」を再加工してカブトムシや クワガタなどの幼虫用の餌(マット)として与え、育てた成虫を販売する事業に取り組んでいる。飼育過程で 出たふんは、畑の堆肥として有望視されており、循環型農業のモデルケースとして注目を集めている。(秋田 支局・越橋宣之) 

◇シイタケの自社栽培に強み  

シイタケ栽培のノウハウを活用した飼育室を筆者が今年 4月に訪れると、マットが詰まったプラスチックや瓶の飼育ケー スが棚に整然と並んでいた。それぞれの飼育ケースには成長記録を記したシールが貼られ、管理は徹底している。室内には4000~5000匹の外国産のカブトムシやクワガタがいるというが、土の香りが漂い、清潔な空間だ。昆虫事業部の最上谷哲統括部長(42)によると、3 カ月単位で、幼虫の新たな餌として飼育ケースにある廃菌床のマットを取り替える。

交換作業では、幼虫がいる腐葉土のマットの低層部は残し、ふんを含む上層部を廃菌床のマットと交換。成虫になったら、販売するか、種親と してオス・メスの血統を考慮して交配する。飼育室では、最上谷部長と畠山社長、飼育歴9年の照井達也ス ーパーアドバイザー(25)の3人で作業に当たっているという。 

飼育しているのは主に、世界最大で「カブトムシの王様」と呼ばれる、長い角が特徴のヘラクレスオオカブトだ。 他にもゾウカブトなど約50種類を育てている。成虫になるまでに、ヘラクレスオオカブトで1年半から2年、最も遅 いゾウカブト系の種では4年かかるという。成虫になってもシンボルである角が曲がらないようカバーを掛けるなど、 卵から幼虫、さなぎから成虫になるまで、デリケートな作業が求められる。 

昆虫は幼虫の期間が長ければ長いほど、大きく丈夫な成虫になるという。幼虫の期間は個体差もあるが、室 温に左右されるといい、「数百匹何円で売るブリーダーは室温を高くして、早く成虫に育てる。そうすると小さいの (成虫)が生まれてくる」と最上谷部長は話す。ピルツは、質の高い成虫に育てることを目指して室内を比較的低い温度に保ち、生育速度を調整している。成虫はEC(電子商取引)サイトやツイッターなどで販売しており、中間業者を介するペットショップに比べて販売価格は割安だという。 

最上谷部長は、「普通のブリーダーでも、それだけ(ゾウカブトなどの生育にかかる4年)の年数育てるのは大変。うちは廃菌床がある限り育成できる」と話す。カブトムシなどの昆虫ブリーダーは国内に多くいるが、ピルツの強みはシイタケの自社栽培で発生する廃菌床を使って生産する豊富なマッ トだ。約2年間長期発酵で熟成させた上で、独自の栄養剤 を添加している。照井スーパーアドバイザーは「廃菌床は消化 が良く、虫たちの負担も少ない。体重の乗りも増える」と太鼓 判を押す。 

ピルツは、周辺農家などで不要になった廃菌床も無料で引き取って、マットを生産している。ECサイトなどでの販売価格 は10リットル1000円。捨てられることもある廃菌床を使うため 格安といい、畠山社長は「循環型で、(材料が)秋田県産だから買いたいというお客さまの声も大きい。大小のチップ(木材)が良いバランスで配合され、多様なカブトム シに対応している」と説明する。 

◇廃菌床を価値ある物に  

シイタケ栽培の菌床ブロックは、コナラなど県内で取れたチップに、米ぬかや、ふすま(小麦粉の製粉時に除か れる外皮部や胚芽)などを混ぜて圧縮したもの。重さは約2.8キロ、縦横は20~30センチほど。118度の高温 で40分間加熱殺菌した上で、菌床上部にシイタケの種菌を植え付ける。冷暖房付きのハウスで約5カ月間寝 かすと、菌糸が伸び始め、7カ月間ほど繰り返し収穫が可能になる。ピルツでは、菌床育成・栽培兼用のハウス18棟で栽培している。材料選定から製造までを一貫して行い、周辺農家への販売も手掛けている。 

シイタケの収穫を終えて出た廃菌床は通常、発酵させて堆肥として活用する。シイタケ農家は自分の畑にまいたり、近隣農家に分けしたりしている。外に放置すると発酵で異臭を放つため、農家の中には活用し切れず、産業廃棄物として有償処分する人もいるという。畠山社長によると、他農家に提供する場合、輸送費などで1ブロックにつき1円、産廃処理では同13円ほどかかる。 

横手市では20年ほど前から、重量のある原木栽培に比べて繰り返し収穫可能で負担の少ない菌床栽培 が主流となり、廃菌床の量は年々増加している。特に秋田県産シイタケは、大消費地の東京都と横浜市、川 崎市の中央卸売市場で19~21年度に3年連続で、出荷量と販売額、販売単価で全国1位となった産地だ。 中でも横手市は、県内のシイタケ生産量の約7割を占める。 

コメ農業からの脱却を目指す県や市は、シイタケなどの園芸栽培を後押ししている。市によると、18年度に は約300万個だった市内の菌床生産量は、21年度には約370万個に増加した。廃菌床の処理は農家にと って悩みの種で、年間に約20万個の菌床ブロックを生産するピルツも例外ではない。親の代からのシイタケ農 家で、当初は業者から購入していた菌床を、工場を新設して県産材にこだわった自社の菌床に切り替え、良 いシイタケを育てる目的で、畠山社長は会社を立ち上げた。 

畠山社長が子供の頃、家の畑で肥料用に発酵のため放置された廃菌床の塊を見に行くと、カブトムシが集 まっていた。地元では当たり前の光景だったが、当時は小さなカブトムシが廃菌床の処理に役立つとは思い付 かなかったという。 

転機となったのは、秋田県大館市にある昆虫販売のスタートアップの株式会社TOMUSHI(旧リセット&マラソン)から、「外国産のカブトムシやクワガタの育成に廃菌床を分けてくれないか」と声を掛けられたこと だ。同社を訪れ、大きな外国産カブトムシを間近に見て、畠山社長は「廃菌床を価値ある物に変えていく起 爆剤を見つけた」と感じたという。ピルツは20年、TOMUSHIに廃菌床を使った昆虫マットを開発・提供 する代わりに、昆虫飼育のノウハウを教えてもらうことで業務提携した。 

ピルツの取り組みは各地に知られるようになり、昨年は地元のテーマパークで昆虫を題材とした子供向けの イベントを開催した。今年も、地元のほか仙台市や群馬県でイベントを予定している。今後は「県産」にこだ わり、県内で採集したカブトムシの育成にも注力する。現在は外国産カブトムシと別の飼育室で2000~ 3000匹を育成しており、将来的には県産カブトムシの育成数も増やしていく予定だ。畠山社長は「体が小さ くても数が集まれば廃菌床を消費してくれる。県産カブトムシで分解できれば、さらに循環型農業に近づく」と 強調する。 

◇ふんの活用へ農家と実証実験  

ピルツは、昆虫を育てる過程で出るふんの活用も見据えている。 

幼虫のふんはペレット状で扱いやすく、臭いも少ない。同社が運営しているツイッターでの情報交換で「ふんを 家庭菜園にあげたら野菜が大きくなった」との話が寄せられ、近隣農家と協力して、幼虫の餌交換で排出され たふんを含むマットをホウレンソウ畑にまく実証実験を昨年夏に開始した。農家からは、収量が増え「良かった」 と好評だったといい、今年はさらに実施規模を広げていく。横手市に本店を置くJA秋田ふるさとも循環型農 業として期待を示し、「活用を前向きに検討している」(園芸課)という。 

ピルツは将来的に、市内の農家から廃菌床を無料ではなく買い取って、マットを生産する体制を構築したい 考えだ。畠山社長は「農家が廃菌床処理に悩まない。そして『カブトムシといえば秋田県だよね』と言ってもらえる新しい特産品にしたい」と語る。 

また、自社で生産している菌床ブロックにも自信を見せる。消費者庁が今年3月、食品表示基準Q&Aを改正し、シイタケに関して原産地表示を「原木または菌床培地に種菌を植え付けた場所」とする見直しを発表したためだ。従来は、中国産の菌床でも輸入後に国内で栽培すれば国内産と表示できていたが、これができなくなる。 

畠山社長によると、国内産として流通している菌床シイタケの17%は中国などからの輸入菌床から育ったものだ。県産シイタケが3市場で出荷量と販売額、販売単価で全国1位となったことを踏まえて、県産材にこだわ る自社生産の菌床ブロックをさらに市内農家に利用してもらえれば、「(国内産として流通する輸入菌床シイ タケの)シェア17%をJA秋田ふるさとが取ることができる」とみている。 

ピルツは現在、収穫したシイタケのほぼ全量をJA秋田ふるさとに出 荷しているが、自社ブランド「鱗花」の販売を拡大したい考えだ。鱗花は 「地下50メートルからくみ上げる深層水を利用し、徹底した温度・湿度 管理で引き締まり、風味のあるシイタケ」という。畠山社長は「自社商品 と同じ品質で同価格の商品が店頭に並んでいる際、『環境に配慮した 商品であるかどうか』という視点で消費者に手に取ってもらえる社会を目 指したい」と話している。 

〔基本情報=2022年5月現在〕 名称:Pilz株式会社 

設立:2019年9月 

代表取締役:畠山琢磨 

資本金:100万円 

所在地:秋田県横手市十文字町十五 野新田字明神東58番地2 

従業員数:18人(アルバイト含む) 

Agrio 0407 号(2022/06/21) 7 本記事・画像・写真を無断で転載することを固く禁じます。(C)時事通信社 

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